いま鎌倉の隠れ家懐石と言えば北鎌倉茶寮「幻董庵」で間違いない

鎌倉と言えば京都と同様、和食の名店が立ち並ぶイメージがあるが、実際には観光客相手の騒々しい店が多く、大切な人を落ち着いた雰囲気でもてなす隠れ家的な店を探そうとすると困ってしまう。個室完備で地の物をおまかせで食べられるような店、地元で知る人ぞ知る店はないのか。シチュエーションは「本当においしい店に連れていってもらった記憶がない」という母親を息子2人が田舎から招き、楽しんでもらおうというもの。店を厳選して当然だろう。

鎌倉の懐石は鎌倉山「山椒洞」が有名だったが、2007年に惜しまれながら閉店。往年の大女優・田中絹代が住んでいた景観重要建築物だったが、取り壊されてしまった。みのもんた氏の自宅新築現場が隣にあったため、一時はみの氏の仕業と報道されたが、「歴史の町－鎌倉と川越」によると、経営する「らい亭」（「らい」は木偏に雷）側の判断らしい。

このクラスの店がまだあるだろうと思ったが、実際はてこずった。検索しても、思惑どおりの店がヒットしない。落ち着きを求めると、やはり中心部ではなく北鎌倉になると思う。だが、店構えなどを見ると、どうしても観光客相手の雰囲気。実際に観光客がターゲットなのはわかるが、個室がなかったり、写真入りのメニューを店の前に置かれたりするのは違う。そうして取捨選択していくと、「鉢の木」しか残らない。法事・慶事の団体客用のイメージがあったが、北鎌倉店には個室もある。この会席コースでいいかと思い電話したら、あいにく満席とのこと。さて困った。

本当の隠れ家は人に教えたくないわけで、ネットにも載らない。そういう信念で検索を続けたところ、ヒットしたのが北鎌倉茶寮「幻董庵」。ここも田中絹代が一時別邸に使っていたという古民家を改造したそうだ。場所は北鎌倉の大船寄り、住宅街を入っていった中にある。観光寺院や観光客相手の店とは完全に離れており、ここに店があると知らなければ絶対に行かない立地だ。街灯が18時にならないとつかないため、不安になる。出来るだけ拡大した地図を印刷していくべきだ。

昼夜とも完全予約制。昼は2階の大部屋になるが、夜は1階と2階で1日2組限定。予約が取れるか心配だったが、大丈夫だった。昼は目ざとい観光客で一杯になるようだが、夜は18時からで、付近の寺院が17時までに閉まってしまうことから予定に組み込みにくいのだろう。完全に地元の人たちの隠れ家的存在で、付近の寺院が要人を接待したり、東京・横浜方面から夕食のためだけに来る人も少なくないそうだ。

私が訪れたのは10年10月で、秋にふさわしくカワハギの薄造り、松茸と鱧の土瓶蒸し、鮭と舞茸の朴葉焼き、毛ガニの雑炊などに加え、柿と牡蠣の天ぷら、柿と鮑の白和え、牛タンの上用蒸しといった趣向を凝らした料理を堪能した。飲み物はヱビスビールのあと、冷酒の「獺祭」をいただいた。配膳はゆったりしたペースで、コースが終わるまで3時間かかった。少人数でやっているので、昼も2時間は必要らしい。

「幻董庵」は05年に若い夫婦が起業したそうだ。クチコミやブログで噂が広まった典型だ。感心したのはこうした高級店にありがちな一見さんお断わり的な雰囲気がなく、観光客も含めて分け隔てなく受け入れていること。もちろん支払いにカードも使える。おせち料理を受け付けているとの貼り紙もあり、この店なら素晴らしいものになると思った。姉妹店として、JR大船駅前に08年に出店した貴馳走坊（たかちそうぼう）「あ・うん」がある。ここの大将は昼は「幻董庵」で働いているそうだ。

本当は教えたくない店だが、検索サイトで上位に表示されるようになったので記す。いま鎌倉で懐石なら「幻董庵」で間違いない。値段以上の価値がある。

（2012年6月17日追記）

『ミシュランガイド東京・横浜・湘南2012』で、「幻董庵」が一つ星を獲得した。見ている人は見ているのだなと思う。

湘南経済新聞「藤沢の日本料理店が『3つ星』獲得―『ミシュランガイド東京・横浜・湘南2012』発売」

（2013年1月11日追記）

『ミシュランガイド東京・横浜・湘南2013』で、「幻董庵」が2年連続で一つ星を獲得した。見ている人は見ているのだなと思う。

湘南経済新聞「『ミシュランガイド東京・横浜・湘南』発売迫る―日本料理の「幸庵」が今年も3つ星獲得

（2013年12月5日追記）

『ミシュランガイド東京・横浜・湘南2014』で、「幻董庵」が3年連続で一つ星を獲得した。見ている人は見ているのだなと思う。

湘南経済新聞「湘南エリアは星つき17店―『ミシュランガイド東京・横浜・湘南2014』発売」

（2015年5月30日追記）

東京エリアから独理した『ミシュランガイド横浜・川崎・湘南2015特別版』で、「幻董庵」が4年連続で一つ星を獲得した。見ている人は見ているのだなと思う。