知識や教養を身につけると書く場合、「身に着ける」「身に付ける」はどちらが正しいのか。私は長年「身に着ける」を使用してきたが、ネットで検索すると「身に付ける」が正しいと答えている人が多くて驚いた。そうではなく、元々は「身に着ける」が一般的で、最近「身に付ける」が増えてきたのだと思う。
私が長年愛用している『新選国語辞典 第七版』(小学館、1994年)では、下記のように書かれている。
み【身】
―に付く 身にそなわってくる。
―に着ける ならいおぼえる。「技術を―」
受動的な場合は「身に付く」、能動的な場合は「身に着ける」のように読めるが、これは慣用句自体の説明であり、漢字表記まで示しているわけではないだろう。漢字を入れ替えて「付」「着」のどちらを使ってもいいはずだ。
もう一冊、私が用語の統一で迷ったときに長年頼りにしている『毎日新聞用語集 改訂・1992年版』(毎日新聞社、1992年)では、下記のように書かれている。
つく・つける
付[付着]
着[着用、到着]知識を身に着ける
こちらは辞書ではなく、記事の表記を統一するためのルールブックだ。つまり、毎日新聞では「身に着ける」に統一しているのだ。実際に毎日新聞ニュースサイトを検索すると、最近の社説でも「身に着けた専門性」という表記があった。
福祉の現場では、国家資格を取る教育課程で身に着けた専門性や、国家試験で問われる知識が現場のニーズに合致していないのではないかとの指摘が以前からある。「
これは毎日新聞に限ったことではないようで、OKWaveでも新聞社勤務だったNo.4の方がこう回答している。
ご参考までですが、新聞用語でも“着用する”という意味を表す場合は「身に着ける」と書きます。昔、新聞社に勤務していた頃、新聞記事を書くときには「身に着ける」とし、ほかの用法はすべて誤りとしていました。したがって、全国の新聞社は「身に着ける」以外の用法は一切使っておりません。
にもかかわらず、OKWaveでは「身に付ける」を正解としたNo.2の回答がベストアンサーになっている。これはおかしい。
このベストアンサーは辞書を根拠にしているが、前述のとおり辞書は慣用句自体の意味を説明しているだけで、表記のすべてを示しているわけではない。「身に付ける」しか載せていないのは紙幅の都合だろう。表記の観点で言えば、全国の新聞社が採用している「身に着ける」のほうが一般的と言える。
漢字のイメージだと、「着ける」は衣服の「着用」のように外側にまとう感じがして、内側に備わる感じがしないかも知れない。けれど「付ける」を『毎日新聞用語集』のように「付着」と考えると、「着ける」よりもっと外側に思える。決して「身に付ける」だけが正しいとは言えない。
90年代に発行された2冊に記載されていることからわかるとおり、元々は「身に着ける」のほうが一般的だった。言葉は時代と共に変化するものなので、「身に付ける」も増えてきたのだろうが、だからといって「身に着ける」が間違いだと言う人は、なにを根拠にそんなことが言えるのだろう。言葉は揺れ動くものであり、現時点ではどちらも正しいのだ。
(2016年4月29日追記)
毎日新聞は信用出来ないというコメントが付いたので、他の全国紙の使用例もコメント欄で明記した。全国紙すべてで、知識や教養の場合も「身に着ける」が使われていた。ただし、毎日新聞も含めて「身に付ける」も使われており、現時点では「身に着ける」「身に付ける」のどちらも正しい。
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1件のコメント
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記者ハンドブック(少なくとも手元の第11版では)には「身に付く」しかない。
OKWaveのどこの誰かも知らない人間の書き込みを鵜呑みにして、
新聞表記一般を騙らないでほしいものだ(とくに毎日なんて勘弁)。
広辞苑その他の国語辞典も「身に付く」のみであり、現時点では
「身に着く」は明確に誤表記だと認識せよ。
「身に着く」は誤表記ではありません。
朝日新聞、読売新聞、産経新聞、日本経済新聞でも「身に着ける」が使われていることを示しておきます。いずれも2016年の記事です。
なお、各社とも「身に付ける」も使用しています。毎日新聞も「身に付ける」を使用しているものがありました。従って、現時点では「身に着ける」「身に付ける」のどちらも正しいのです。