岩手県立美術館「作家と巡る宮沢賢治ゆかりの地バスツアー『ますむらさんとイーハトーブ波を受信しよう!』」参加リポート


この記事は2019年1月に掲載されたものです。
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紺屋町~中央通

バスの車窓から、賢治ゆかりの街並みを回想する。前日のアーティスト対談で配られた古地図が活躍。なるほど、賢治が盛岡市街をどう歩き、なにを目にして暮らしていたかが、立ち上がってくるよう。旧盛岡銀行本店(岩手銀行赤レンガ館)、賢治が泊まった三島屋旅館跡、入院した岩手病院跡(現・岩手医科大学病院)、盛岡中学校跡(現・岩手銀行本店)と寄宿舎跡を見つつ、賢治が聖書講座に参加した内丸教会(かつての盛岡浸礼教会)へ。裏にある牧師館も有名な建築物。ここで下車し、礼拝堂で事務長の方からタッピング牧師や賢治の時代の盛岡のお話。賢治が聴いたオルガン演奏。バウンドケーキとお茶もいただいた。至れり尽くせりだが、盛岡城跡公園に登って時間が押し、30分のお話を15分で端折っていただく。

旧盛岡銀行本店(岩手銀行赤レンガ館)

旧盛岡銀行本店(岩手銀行赤レンガ館)を車窓から


内丸教会

内丸教会(かつての盛岡浸礼教会)


そして教会の隣にある盛岡幼稚園へ。盛岡高等女学校の教諭だった長岡栄子氏(女優・長岡輝子氏の母)が始めた保育会を引き継ぎ、タッピング夫人が開設した岩手県最初の幼稚園。坂本信行園長が今回のために作成していただいた資料で説明。この2階ホールに賢治が弾いたかも知れない盛岡最初のピアノ(アールストロム社製)があり、ますむら氏が演奏。

ここでビッグニュースが舞い込む。『銀河鉄道の夜』第4次を執筆中のますむら氏は、タイタニック号の沈没シーンで流れる讃美歌306番の各言語版を探すのに苦労しているが、それがこの幼稚園に全部あるとのこと。歓喜するますむら氏、「これでツアーの収穫があった」とのこと。早速、名刺を渡して送付のお願い。

盛岡幼稚園でサイン

盛岡幼稚園で感謝のサインをするますむら氏


夕顔瀬橋~春子谷地

盛岡城下の北の玄関口、賢治が同人誌仲間と深夜に雫石まで20km近く歩いた(「馬鹿旅行」と言われる)という北上川の夕顔瀬橋を渡り、バスは小岩井へ。途中、JR田沢湖線(秋田新幹線も走る)の小岩井駅前にある賢治の詩碑「小岩井農場」を見る。

詩碑「小岩井農場」

小岩井駅の詩碑「小岩井農場」を見る牧野氏


小岩井農場に近づくと積雪も増えるが、これでも例年に比べると少ないとのこと。小岩井農場も昔は自由に見学出来たが、口蹄疫の問題などで現在はまきば園しか入れない。まきば園駐車場でトイレ休憩。雪がないおかげでバスが早く走れ、時間に余裕が出来たため、ますむら氏と参加者とのツーショットタイムに。シャッターは学芸員の方が押してくれた。皆感激。ますむら氏は『銀河鉄道の夜』映画化(1985年)の際、PR番組で雪の小岩井農場ロケがあり、凍える思いをしたとのこと。バスがその場所の横を通り、車内爆笑。

小岩井農場

雪の小岩井農場


まきば園

小岩井農場まきば園


さらに奥地の岩手山麓の湿地帯、春子谷地を走る。賢治の時代は徒歩しかなく、岩手山に登るにはここまで歩いて麓の岩手山神社に泊まり、夜中に松明を持って山頂を目指したという。昔の人は十数キロを日常的に歩いていたのだ。あとから地図を眺め、その健脚ぶりを思う。

春子谷地からの岩手山

春子谷地から岩手山を望む


滝沢~美術館

帰路、時間があるということで、賢治に芸術面で影響を与えたという四ツ谷教会(天主公教会)の移築された旧建物(現・盛岡大学細川泰子記念礼拝堂)のそばを走る。盛岡は本当に教会が多く、全く異なるはずのカトリックとプロテスタント双方と交流があったのが興味深い。渋滞を避けながら迂回して、16時すぎに美術館に戻る。

バスの車窓から眺めるだけでも、牧野氏の膨大な知識から語られる賢治にまつわる土地のエピソードが血肉となり、盛岡とその近郊の地名が体内に染み込んでいく。賢治がここで暮らしながらなにを思い、街を歩く中でなにを感じたのか、それを追体験したツアーだった。牧野氏は普段はタクシードライバーをされているそうで、道案内はお手の物だろう。前日のアーティスト対談も、こうした雰囲気を狙っていたと知る。ちなみに、旅のしおりと古地図はこんな感じ(同じツアーに参加された方のツイート)。

個人的には、盛岡高等農林学校跡の岩手大学を始め、農林畜産関係の研究施設の多さと存在感が印象深かった。この街に育てば、農林畜産業に誇りを持ち、その道に進みたいと考える若者も多いのではないか。盛岡の懐の深さを、また一つ実感した。

グランド・ギャラリーでアンケート回収。企画展ポスターをもらい(前日のサイン会でももらえたので計2枚)、希望者はますむら氏のサインを。前日のサイン会でもらった人も多いはずだが、今日は日付や名前まで入れてもらえた。私はポスターに入れていただく。

改めて、なんと贅沢なツアーだったのかと思う。盛岡幼稚園の皆さんは、このためだけに休日出勤されたのだろうか。賢治を愛し、文化が根付いた盛岡だからこそ、実現した企画ではないかと思える。こんな素敵な街で展覧会が出来るますむら氏を、ファンとしてうれしく思う。盛岡は以前から関心があったが、『てくり』のバックナンバーをもっと揃えなくては。

最後に、学芸員の方々の熱意は素晴らしかった。少人数のために、こんな面倒な企画を実現していただき、感謝に堪えない。本当にありがとうございました。